大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和48年(行コ)8号 判決

控訴人(原告) 山本豊 外一四二名

被控訴人(被告) 広島市長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、

「1、原判決を取消す。

2、被控訴人は広島平和記念都市建設事業東部復興土地区画整理事業の施行者として昭和四五年一月九日になした左記行政処分を取消せ。

(一)  公共用地に充当する目的をもつて行つた一、〇一三、一七九・二平方メートル(三〇七、〇二四坪)の公共減歩処分。

(二)  土地区画整理法第九六条第二項にもとづいて行つた四三、九六六・三平方メートル(一三、二九九・八五坪)の保留地設定処分。

(三)  右土地区画整理事業施行対象私有宅地のうち測量増の名称のもとに行つた七六、〇九三・五平方メートル(二三、〇五八・六四坪)の土地所有権の領得処分。

(四)  広島市所有にかかる広島市中島本町一〇五番地宅地二、二五〇・六平方メートル(六八二・三五坪)を六・六平方メートル以上の土地三四六筆に分割し、未指定地四四、〇三五・二平方メートル(一三、三四四坪)に換地した処分。

(五)  同市所有にかかる広島市織町一二五番地宅地一、〇八七・四平方メートル(三二九・五三坪)を六・六平方メートル以下の土地一七九筆に分割し、未指定地一七、〇六四・三平方メートル(五、一七一坪)に換地した処分。

3、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求め、

被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、控訴人らの主張として別紙(二)のとおり追加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  控訴人らが広島市の住民であること、被控訴人が控訴人ら主張の土地区画整理事業の施行者として控訴人ら主張の日に右事業の認可を得てこれに着手したこと、控訴人らがその主張のとおり広島市監査委員に対し本件請求をもつて取消を求める各処分の取消しを求めて監査請求をし、請求に理由がない旨の監査結果の通知を受けたことは、当事者間に争がない。

二  被控訴人が右土地区画整理事業の施行者としてした右各処分の取消を求める本件訴が地方自治法二四二条の二に定めるいわゆる住民訴訟の定型に該当せず、不適法というべきことは、原判決理由二(一九丁表七行目から二二丁裏末行まで但し、二〇丁表九行目「消拠」とあるのは「消極」と訂正する、)に説くとおりであるから、これを引用する。

三  よつて、控訴人らの本件訴を不適法なものとして却下した原判決は正当であるから、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 西内英二 高山晨)

別紙(一)〈省略〉

別紙(二)

原判決には地方自治法第二四二条の解釈を誤つた違法がある。

以下その理由を述べる。

一、財務的事項の法的意義について

(一) 地方自治法第二四二条は違法若しくは不当な「公金の支出」「財産の取得、管理若しくは処分」「契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担があると認めるとき」「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実があると認めるとき」とあつて普通地方公共団体に財産権の発生、変動、消滅の法的効果ある事項を総称包括するものである。

(二) 右財産権の発生、変動、消滅の法的効果を及ぼす行為が財務行為であり、行為の内容は財務事項である。地方自治法第九章が第一節以下に設けた諸規定は右財産権の発生、変動、消滅の法的効果を及ぼす場合の通則を設けたもので「公有財産の取得行為」が財務事項に属することについては疑義は無い。

(三) 原判決は「財務的事項」なる用語を用い、「財務的事項自体を目的とする行為」と「土地区画整理事業に基づく行為」とを峻別し、現実に「公有財産への取得行為」が存在し、右取得の法的効果が発生しているのに拘らず前者は財務的事項に該当するが後者は財務的事項に該当せず土地区画整理事業の結果もたらされた法的効果であるから住民訴訟の対象とはならぬと判示する。

(四) しかし乍ら、普通地方公共団体は営利団体では無いのであるから、公金若しくは公有財産の取得自体を目的とし、取得自体を手段方法とする場合などの有り得る筈は全く無い。公金の賦課徴収若しくは支出にしても、公有財産の取得若しくは処分にしてもそれぞれ特定した行政目的が存在することは言う迄も無いしその手段方法として法規、若しくは法規に基づく法律行為を必要とするものであつて法の支配による行政運営の規範形態を示すものである。

さればこそその目的並びに手段が法的評価の対象となり根拠法規に違背する場合は違法となり行政裁量権を逸脱するときは不当となるものであつて、「公金の収支」「公有財産の取得若しくは処分」が別個独立の財務的行為若しくは財務的事項として存在する筈は無い。

(五) 一体原判決の指摘する別個独立の財務的事項とはどの様なものであるかにつき篤と御判示願いたい。地方自治法第二四二条は「公金の支出や賦課徴収」「公有財産の取得や処分」と何れも具体的な財産権の発生若しくは消滅に関する法的効果を列挙し、その法的原因については「違法若しくは不当」の用語の下に、普通地方公共団体の機関のあらゆる法律行為及び事実行為の全般を判断の対象として規定しているのに拘らず解釈上別個独立の財務的事項に限られるとして制限を設けるのであればその意義並びに法的根拠を示されるのが当然であると考える。多大な時間と経費と労力を注入してしかも却下の判決を招来する住民訴訟の提起を防止するためにも意義ありと考える。

二、地方自治法第二四二条と普通地方公共団体の財政的損害との関係について。

(一) 原判決は右条文に基づく出訴は普通地方公共団体の財政に直接若しくは間接の損害を及ぼす場合に限局される趣旨を判示し、このことは公租公課を負担する住民の立場では右財政の適正を確保する観点から当然であるとするものである。

(二) 右条文は前掲所述の通り「違法若しくは不当な財産の取得」「違法若しくは不当な公金の賦課若しくは徴収」とあつて如何なる意味においても普通地方公共団体の側の利得を住民の側の損失を意味するのに拘らず、原判決は「普通地方公共団体の機関又は職員のなした違法な財産取得の結果地方公共団体に積極消極の損害を及ぼす場合に救済を認めるべきものと」なし、地方自治法第二四二条規定の普通地方公共団体の長、委員会若しくは委員、普通地方公共団体の職員の各行為には恰かも機関行為と私的行為との二種類があつて特に「公金の賦課徴収」や「財産の取得行為」は右私的行為のみに限局され、それと対置して普通地方公共団体に損害を及ぼす場合を想定しているものである。

(三) それならば右条文の解釈には重大な疑義が発生する。地方自治法第二四二条本文規定の前記各行為は何れも普通地方公共団体の機関の地位にある者の行為として規定されており、右本文規定の各行為は、機関として行為する場合を例挙したものであり、右行為の効果は普通地方公共団体自体に帰属する場合の規定ではないのか、

(四) それとも右各行為者は機関ではなく単なる私人であつて、私人の行為を列挙し、その法的効果は何れも右私人に発生する場合を規定し、普通地方公共団体自体の財政的損失の有無については法の名文を離れて別途に判断すべき規定なのであるのかについての重大な疑義を生む。

(五) 右条文の「公金」とは文字通り公金であり、「財産」とは公有財産の意義であつて右賦課徴収とか支出とか、財産の取得とか処分とか……の法的効果は何れも普通地方公共団体に帰属して発生する場合を意味し、各行為者は何れも右機関として行為する場合を規定したものでは無いのか。単なる私腹を肥やす犯罪行為を規定したものであればその行為が行政処分として取消や無効確認の対象となつたり、監査の対象となる筈は無いのであろう。

三、公租公課の負担と私有地没収との住民負担上の差異について

(一) 原判決には住民が公租公課を負担すればこそ、地方財政の適正確保の必要性があるとするが私有地を公共用地として無補償で没収されたか否かについては論外となし、

(二) 土地区画整理事業はおおむね市民の利益となつている趣旨の判示があるが控訴人等の主張は普通地方公共団体と住民とにつき右事業の施行に伴う利害得失を論じているものでは無い。

(三) 凡そ法治国家において利得するものには利得の原因として、損失を蒙るものには損失の原因として法規の適法な適用を必要とする旨を主張しているものである。

四、地方自治法第五章規定の住民の権利と同法第二四二条の関係について

(一) 地方自治法第五章には条例の制定改廃請求権と行政事務一般についての監査請求の権利、普通地方公共団体の長その他の解任請求権の規定はあるが第一のものは条例に制限され第二のものには出訴の規定は無く、第三のものは文字通り解職請求と云う機関の入れ替えを規定したもので

(二) 普通地方公共団体の機関の行政運営につきその機会と事項とをとらえてこれを是正し住民自治の実をあげ得る規定では無い。(監査委員会などは委員の選任段階から御用化し、物の役には立たないことは先刻御承知の通りである)中央、地方を通じ経済情勢は急変し、これに対する施策如何が国民や住民の生活に死活の影響を及ぼすことは言う迄も無い。その時と事項とをとらえてこれを是正する直接民主制の制度的補償の必要なことは現在程切実なものは無いのに拘らず、右中央及び地方を通じて空白となつている。

(三) 僅かに地方自治法第二四二条はこの様な制度的補償を開く橋頭堡であるに拘らず裁判所は自ら解釈的制限を設けてその門戸を閉鎖し、原判決も抗告訴訟によつてこそ救済を仰げと判示しているが、右訴訟では住民の個体が受けた個体的処分の法的効力に関する判断を求めるもので施策の是正などは求め得べくも無いことは明白であろう。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例